2011年03月

2011年03月21日

震災から9日目、初めての落語会に行ってきました。
お馴染み、大和田落語会です。

思えば今週は、水曜日の「らくご古金亭」・金曜日の「今も昔もA他郎」と、2つの落語会をキャンセルしてしまいました。体力的な問題や気持ち的な問題、帰りの交通機関の問題等、事情は様々ですが、主催者の皆さんには大変ご迷惑をおかけしました。

また、客として行く側だけでなく、主催する側にも様々な迷いがあると思います。エンターテイメントという「必要不可欠でない」分野だけに、“こんな時に・・・”“それどころじゃないだろ”“節電しろよ” と、非難を浴び兼ねません。しかし、捉え方は人それぞれ。眉をひそめる人の気持ちもよくわかるし、「必要でないこと」を全て切り捨てたらどうなってしまうのか?? という思いもあります。開催するもしないも、行くも行かないも、それなりに勇気の要ることだけど、その決断はどちらも間違っていません。、そこに尤もらしい大義名分はいらないし、言い訳もいりません。私は今日、大和田の皆さんに会いたかったから、会いに行きました。

110320_1727~0001桂 米紫 「たけのこ」
笑福亭 笑助 「崇徳院」
桂 米紫 「高津の富」
   ~お仲入り~
笑助亭 笑助 「相撲場風景」
桂 米紫 「まめだ」


偶然にも、今回は「上方落語二人会」。お二人とも、上方落語協会に所属し、米紫さんに関しては関西にお住まいの噺家さんです。
人々が東から西へ逃げ出している今、恐れることなく、揺れまくり・放射性物質の飛ぶ東京(千葉)に来てくださり有難うございます。

特に米紫さんは上方らしい落語を、と意識して演じてくださいました。「たけのこ」も「まめだ」も初めて聴く演目。宿屋の富だ、と思ったら高津の富だしw ・・・やはり上方の方は、言葉も所作も大仰(おおぎょう)ですね。落語の発生自体が違うから、と聞いたことがありますが、とても勢いが良く新鮮でした。笑助さんの独特のテンポも好きです。小咄をもっと聴かせてて欲しい。東京にお住まいとのことなので、また別の場で拝聴する機会もあるでしょう。

流石に今回、打ち上げは自粛されました。
残念でしたが、理事・常連の皆様の元気なお姿を見ることが出来、安心しました(何人かお見えにならない方もいたので、少し心配です)。
また近いうちに、安心して丸花亭の大御馳走を皆で囲む日が来ることを切に願います。

ちなみに今回の木戸賃は全て義援金に回すそうで、頭が下がります。
演者のお2人も出演料のほぼ全額を寄付してくださり、募金箱の募金と合わせ15万円以上が集まったとのこと。素晴らしいですね

落語を聴き、シンプルに笑うことが出来るのは幸せなこと。
こうして少しずつ、穏やかな日常が取り戻せますよに・・・・・・



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2011年03月16日

昨晩、静岡県東部で大きな地震がありました。
東京近辺もかなり揺れ、「余震慣れ」した感のある関東人たちも流石にビックリしたのではないでしょうか・・・

私も節電のため早寝しようと布団に入ったところでしたが、飛び起きました。そしてNHKをつけ、凍りつきました。
   「震源地・静岡県東部。最大震度、富士宮市・震度6強」


富士宮市はピンポイントに私の地元です。両親・姉・親戚たちがみんな住んでします。震度6強って・・・・・・

一瞬、津波で飲み込まれる陸前高田市の映像が頭をよぎりました。
富士宮市は海沿いではありませんが、逆に山に囲まれた厳しい土地です(特にうちの実家は山奥の方です)。日頃から大雨が降ると山崩れ・地滑りが怖く、ビクビクしていました。だから、震度6強って・・・・・・

実家に電話しましたが、もちろんNTTは通じません。
母・姉・叔母の携帯にかけても、やはり通じません。
それからの1時間は地獄でした。一生忘れないでしょう。
お恥ずかしい話ですが、寒くもないのに身体がガタガタ震え、言うことを聞きませんでした。携帯を握りしめるも、手が震えてうまく打てません。

心配した知人が電話をくれ、話したことにより若干落ち着きましたが、それでも震えは止まりません。トイレに行きたかったけど、立つことが出来ませんでした。想像してはいけないと思いつつ、土砂に飲み込まれ苦しんでいる両親・姉の姿が浮かんでしまい、消えないのです。

大切な人を失うかもしれない恐怖。
それを味わったのは人生で初めてでした。
今まで外国で暴漢に襲われたりスリに合ったり空き巣に入られたり散々心配をかけてきた私ですが、自分が家族の生命を心配するのは初めてのこと。
「私、こんな思いをさせていたんだ」・・・初めて気付きました。

約1時間後、ようやく姉から「全員無事」とのメールが入り、一気に脱力。ここでようやく震えが止まりました。その後、徐々に電話も繋がるようになり、姉・母の声を聞き一安心です。
家の中はグチャグチャ、電柱や墓石も倒れてしまう衝撃だったけれど、田舎なので外に飛び出し、無事だったそうです。家にも大きな損傷はナシ。市内全域でも思った以上の人的被害は無いとのことで、友人達の無事も確認できました。

安心のあまりまた立てなくなりましたが、ヘナヘナしながら思いました。「今も尚、同じ思いをしている被災地の方が大勢いるんだな・・・」

行方不明者は今日時点で数千人を越えています。
大切な人が、生きているのか死んでいるのか分らない現実。

私は生きている限り忘れないでしょう、あの身体の震えを・・・
もう二度と、誰もこんな思いをするべきではありません。





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2011年03月15日

地震から4晩が過ぎました。
皆様、心労・過労は続くと思いますが、身体を壊さずご無事にお過ごしでしょうか???

浦安の我が家は3月15日(火曜日)現在、まだ水が出ません
一昨日(日曜日)の昼過ぎから突然断水となり、それからずっと市内ほぼ全域で水道の使えない状態が続いています。
当初「17日(木曜日)に復旧の見込み」と発表されていましたが、昨日、浦安市長が会見をし、「計画停電の影響で工事が遅れ、復旧のメドが立たない」と発言を修正しました。なんでも市内で105ヶ所の水道管が破損したけれど、昨日時点でまだ15ヶ所しか修繕できていないそうです 液状化現象によりかなりの被害を受けた浦安なので、特別区域としと認め、計画停電の対象から外すよう東電に要求はしているそうですが・・・依然、第5グループに入ったままです。どうなることやら(泣)http://sankei.jp.msn.com/region/news/110314/chb11031422300006-n1.htm

そんなこんなで、流石の私も心労が続いています(T_T)
家に帰っても水が使えないって、なかなかツライですよ。
まずお風呂が困ります。とりあえず昨晩からは、会社(神田)の近くにある銭湯で入浴を済ませて帰ることにしています。が・・・まぁ、なかなか疲れはとれません(なにせお風呂に入ってから阿鼻叫喚の東西線に乗って千葉まで帰るわけですから

地震の晩から夜眠れず、何度も何度も目が覚めてしまいます。
今日もこんな時間(夜中の2時台)に目が覚めブログを書いていますが、朝まで眠れそうにないので、諦めて書き始めました。

でもまぁ、私は元気です
ちゃんと食事は摂れているし、仕事もでき、温かい家で眠ることができるのですから・・・。亡くなった方・避難所生活を送っていらっしゃる方のことを考えれば、あまりに恵まれすぎていて文句言ったらバチが当たりそうですネ。

朝、カーテンの隙間から陽の光が見えるとホッとするのです。
・・・「あぁ、今日も朝が来た」

朝の来ない夜はありません。
自宅で無事、朝を迎えられる幸せ。
当たり前の日常が、当たり前ではないと気付いた今。
いろんな事に感謝しつつ、今日も新しい一日を始めます。



【追伸】ブログの更新が滞り気味でご心配をおかけしています。更新していないにも関わらず、毎日かなりの数(震災前と同じくらい)のアクセスをして頂いており、“皆さん心配して覗いてくださっているんだな” と心苦しく思っていました。とりあえず私は無事です♪ ご報告までの更新でした


110313_1916~0001
←転入時に浦安市から貰った「緊急避難袋」に入っていた、給水容器。まさかこれが本当に役に立つとは思いませんでした
毎日これを持って徒歩5分の小学校まで水を貰いに行っています。








shizutamarakugo at 02:58コメント(10)トラックバック(0) 

2011年03月12日

震災から一夜明け、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
様々な地方にお住まいの方々がこのブログを読んでくださっているここと思いますが、どうか皆さん無事で、ご家族や大切な人達と連絡が取れていることを祈っています。

私はというと、千代田区の会社にいました。
ちょうどランチ休憩から戻りデスクに着いたところで大きな揺れに襲われました。幸い当社は1年半ほど前、耐震性に優れた新しいビルに移転したばかりだったので「震度7までは耐えられるから落ちついて外に出るな」という社長の言葉を信じ、パニックにはなりませんでした。が、本当に怖かったです。

そして夜・・・まさか本当に自分が「帰宅難民」になるとは思いませんでした。会社に泊まる覚悟で皆で夕飯を食べていましたが、ツイッターに「東西線が運転再開した」との速報が流れたため、23時半頃駅に向かい、なんとか家に帰ることができました。しかし着いた時点で25時近くになっていました。

そして今日・・・今、私は再び会社にいます。
運が悪いことに土曜日出勤の当番となっていたため、余震の恐怖と戦いながら一人、オフィスで仕事をしています。
寝不足で調子が悪く朝ご飯を食べずに来てしまったのですが、会社の近くで何か買って食べようとしたら、コンビニには見事に水1本・食べ物1つ残っていませんでした。強烈な光景です。また、飲食店も軒並み「臨時休業」の貼り紙を貼ってあり、食べることができません。大都会・東京にいて、初めて「お腹が空いたけど食べ物が無い」という状況に陥っています。被災するとは、こういうことなんですね。

もちろん震源地に近い皆様は、お腹が空いたどころではないです。
現時点で千人を超える死者が出ているとのこと。
本当に痛ましい現実です。

当たり前の日常が、実はけっして当たり前ではなく、いくつもの偶然や幸運によって支えられていたんだ・・・人は失って初めて、そのことに気付きます。

まだまだ余震が続き油断できない状況が続きますが、どうかまた、当たり前に笑い、当たり前に生きることが出来る日常が来ますよう・・・
切に願います。

皆様も安全な場所に避難し、無事この極限を乗り切ってください。
私の住む浦安もガス・水道が止まってしまい家の中はグッチャグチャ、ひどい有様です。もしかしたらブログの更新も困難かもしれませんが、どうぞご心配なく。私は無事です。
とりあえず報告がてらの文章ということで、脈絡がなく失礼しました。

 



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2011年03月10日

今日は1日、冬休みを取らせて頂きました
「3月に冬休みかよw」という話ですが、これが当社の恒例でして…
商売柄リゾートシーズンが忙しいので、12・1月は休めません(正月も2日から仕事です)。だから2月~4月の間に5日間、自己裁量で休みを取りなさいという仕組みなんですネ。まとめて取るも分散するも自由ですが、悲しいことに私は“一人経理”ですので連休が取れるハズもなく…いつもポツポツ1日ずつ取るハメになってしまうのです

でもまぁ取れるだけマシヾ(=^▽^=)ノ
長いことブラック企業にいた私ですから、そこら辺のハードルは低いのですよ(笑)

コンタクトレンズの補給をしに池袋の眼科へ行ったり、そのまま池袋・新宿を又にかけ買い物しまくったり、美味しいカレーを食べたり、充実の1日を過ごさせて頂きました(何故か最後には千葉県奥地の知人の店に行き、トイレ掃除をしている自分がいました・・・

そして夜が更けて帰宅すると、まるで見ていたかのように宅急便が届くではないですか(*´ェ`*)   見ると、実家の母からです

中身は米やら野菜やら漬物やらの救援物資がたんまりです(笑えたのは富士宮焼きそばのカップ麺まで入っていたことでしたw)。
なにはともあれ、ごっつぁんです。こういうのが一番助かりますネ。

なかなか連休が取れないけれど、夏のリゾートシーズンが来る前になんとか…なんとか一度帰省したいな~と、切に願うのでした(T_T)


  
                      お後がよろしいようで。



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【写真左】お昼に食べた新宿「印度屋」のカレーバイキング。900円で色んな種類の印度料理が食べられるのでオススメです♪
【写真右】富士宮やきそばのカップ麺(笑) 東京じゃ見かけませんが、コレけっこう本格的で美味しいんですよ。帰省の土産にすると会社の男性陣が大喜びします♪       

 

 

 



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猫ムスメ