2017年02月24日

偏見の無い世界

飲み友達であるAちゃんから、自分はLGBTであると打ち明けられました。同じく飲み友達のBちゃん(私も何度か一緒に飲んだことがある)と、実は「友達」ではなく「恋人同士」であることも・・・

若干驚きはしましたがなんとなく察していた部分もあり(但し相手がBちゃんだとは全く気付かなかった)、“ふ~ん” って感じでしたね。特に嫌悪感もなかれば違和感もない。「私ネコじゃなくイヌが好きなんですぅ」と打ち明けられた位の “ふ~ん” でした( -д-)ノ
ちなみにAちゃんはこのことを親にも友人にも話しておらず、飲み関係の人達にも一切話していないそうです。では何故私にだけ話したのか? と言うと「〇〇さん(←私の名)とは今後もちょいちょい飲みたいし、なにより〇〇さんなら偏見が無さそうだから」 と言われました。

これを聞き私、“そういうことってわかるんだな” と感心しました(ある意味LGBTよりそっちが興味深いw)。実はちょうど最近、別の人とそんな話をしたところなんですよ。その人にも、私には偏見や固定概念が無い・・・と言われました。そして2人で、では何故私にはそういったものが無いのかと突き詰めた結果、「そもそも私は他人に興味が無い」という結論に達しました(笑)。

確かにそうかもしれません。
私、基本、人間は【みんな違ってみんないい】と思っています。多種多様な人がいるから面白いのであり、色んな人がいてこそ世の中も経済も回っているのだと思います。だから人が何をしようと関係ないし、最終的に自分が責任さえ取れば何をしても良い、と思ってます(もちろん法律違反とかはダメですがね)。そしてよく【普通】という言葉を使う人がいますが、私には意味が分からないし、何故この人は自分が【普通】だって信じられるんだろう・・・と昔から不思議に思っていました。

今の日本は「想像力の無い」社会です。
皆が皆、自分と自分にごく近しい範囲でしか物事が考えられなくなっています。だからベビーカー論争が起き、インターネットは常にどこかで炎上している。赤ちゃんを抱えたお母さんの苦労が想像できず、逆にベビーカーを邪魔だと考える人の気持ちが想像できない。ちょっと「想像力」さえ働かせればお互い優しくなれるのにそれができない。それが全ての原因です。
SNS上でもそうですね。自分と少しでも考え方が違う人を見ればネットで吊るし上げ、議論を吹っ掛け、暴言を吐く。日々様々な争いを見るにつれ、“別にいいじゃないか、これがその人の考え方なんだから” と私は思います。“逆になんでそんなに自分の主張を押し付けたいの? 相手をねじ伏せて何になるの? 結局何がしたいの?” と不思議でなりません(ホント何をしたいんでしょうねぇ・・・素朴な疑問です

「想像力」を働かせることは=「偏見を持たない」ことに繋がります。
偏見とは「無くす」ものではなく「持たない」ものです。固定概念さえ無ければそもそも偏見は生まれません。人が皆、他者に対して寛容になれば偏見は生まれない。差別も生まれない。これは差別だ! と騒ぎ立てる人も生まれない。

話がだいぶ逸れましたが、【みんな違ってみんないい】。
みんなもっと寛容になろうよ。ギスギスしないでサ。
・・・今日の私が言いたかったことです(笑)


 お後がよろしいようで。





《追伸》
偏見を持つなと言うこと自体が固定概念の押し付けだ・・・とかいうベタなツッコミみは要りませんのでひとつお願い致します(LGBTに反応して訪れるであろう皆様へ)。







shizutamarakugo at 20:02コメント(8)トラックバック(0) 

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コメント一覧

1. Posted by HyperChem   2017年02月24日 22:48
いろんな人がいて、自分にないところをそれぞれが
尊重していた時代は、もう大昔のことなのかな。
今は情報がありすぎて、情報に頼ってしまうから、
自分の考えよりも、皆がこう考えているという
ことに流されてしまう。
皆で押さえ込みあってしまう世の中。
押さえ込まれた抑圧が、違う歪になって新しい
問題を、日本らしさをまた1つ失うきっかけに
ならないかを危惧します。
2. Posted by オスカー   2017年02月24日 23:44
こんばんは。
自分の知らないこと、理解出来ないことを排除の方向に持っていく人っていますよね。無理して理解者になる必要もないと思いますが、むやみに騒ぎ建てるのもおかしな話です。ほんのちょっとした想像力、これがあるかないかで人間関係も仕事のやり方も代わりますよね。棋士みたいに終局までいかなくても、いつも二、三手先を読むくらいは出来たらいいなと思っています(笑) 中学の時、教育実習にきたのが文芸部の先輩のお姉さんだったのですが「自負と偏見」がおもしろかった、と言っていたのを思い出しました。あれからだいぶ経つのにまだ読んだことがありません😅
3. Posted by 猫ムスメ   2017年02月25日 09:13
HyperChemさん

「多様性」という言葉について最近よく考えます。様々な情報や選択肢が増えた現代、人間の心も広がるのでは…と思いきや、逆に狭量化しています。昔は「自分と違う」存在もなんとなく近くにいて、なんとなく共存してきました。しかし「こういう人がいるよ」と誰もが知ることができるようになった今、それが難しくなりました。必死で排除しようとする者、そしてそれに抵抗しマイノリティの権利を主張する者…両者のせめぎ合いが生まれギスギスしている。それが現代の世の中だと思います。行き着く先はどこなんだろう、怖い気がします。
4. Posted by 猫ムスメ   2017年02月25日 09:27
オスカーさん

「自負と偏見」ですか。知りませんでした。なかなか興味深いタイトルですね。そういう本をおしえてくれる先生って素晴らしいと思います。
差別について書きましたが、私はなにかにつけ「これは差別だ」と声を上げる風潮にも違和感を覚えています。みんな違ってみんないい、何をするのも自由です。しかし特有の「なにか」を守るからにはそこに必ずリスクも生じる。それは当たり前のことです。そのリスクを無視し、大多数である他者に自分の主張を押し付けるのは間違っていると思います。
マイノリティはマイノリティらしく黙って生きろというわけではありません。やはり「想像力」です。自分はこうだけど他人は違うんだよ。それを念頭に置き互いが暮らせばもうちょっとしあわせになれるのに、と思います。
5. Posted by 藏ゆ   2017年02月25日 15:15
お友達は猫ムスメさんが近い存在で、嬉しかったでしょうね。
ワタシは先入観とか偏見とかは、後でそれと気づくものなので
ある程度は仕方がないのかなと思うんです。
ただ、偏見で凝り固まるのはよろしくないのかな、と。
自分の思っていたこととは違うんだなと気づいた時点で、自分ノートの情報を書き換える柔軟性があればいいのではないかなと。
同性であろうと異性であろうと、良いパートナーと出会えたというのは
しあわせなことですよね。
6. Posted by 猫ムスメ   2017年02月26日 01:23
藏ゆ 様

「偏見は後からそれと気付くもの」、なるほどと思いました。それも真理だと思います。
気付いた時にどう咀嚼するかがその人の、人としての本分なのでしょうね。
打ち明けてくれた飲み友達に感謝です。

7. Posted by ぱたぱた   2017年02月26日 12:44
こんにちは。このブログを読み、つい数ヶ月前に会社のコンプライアンス研修で多様性を認めていきましょうというのをやったのを思い出しました。それだけ人間、自分とは違う価値観が受け入れられず、多様性を認められない性分の人が大多数なんだろうなっていうことなのでしょう。
8. Posted by 猫ムスメ   2017年02月26日 18:34
ぱたぱたさん

コンプライアンス研修なんてのがあるんですね。流石、大きな会社は違いますね(^。^)

今の世の中、それだけ狭量な人が多いということでしょう。自分と違う人間に不快を覚え排除したくなる気持ちは誰でも持っている感情ですが、そこでハタと立ち止まり、想像力を働かせる余裕を持ちたいものです。

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